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薔薇のしずくを私に

ライトワーカーです❤️愛と光と共に、光り輝くお手伝いをさせていただきます!怪しさ満載(笑)

🌹大学中退したけど、大丈夫だった話。⑪


診察室で、お父さんのことで爆笑したあとは、これからのことを先生が話してきた。



その前に、私が過去に、こんな幻聴が聞こえてきたことがあるか❓って聞かれた。



幻聴については一度もない。だけど、高校卒業して初めて就職した会社を退職したあと、
一度だけ、心療内科に通院したことがある。


布団から起きれなくなって、ご飯も食べれなくて、体が動かない状態が半年くらい続いたことがあった。



会社を退職するタイミングが、先輩が辞めたあと、直ぐに辞めて職場が急に2人辞めたことに対して、なんてわたしはひどいことをしてしまったのだろう。周りの方にあんなに親切にして貰ったのに、、。と、すごく後悔して自分を責めていた。


で、私が会社を辞めたと知った人からは、もう、辞めたのに気にしなくていいのにって言う人もいれば、恩を仇で返したねーと言ってくる友達もいて、頭の中が混乱していたのと、ひたすら向いてない仕事を必死でやって、オーバーヒートしてたんだと思う。





そんな様子を見て、お母さんが、精神科に通った方がいいんじゃないか、と言ってきた。
お父さんは、いつまでも寝てばかりいないで、ちゃんと起きなさいと言うばかりだったけど。


私は、
その時、グチや辞めてしまったことに対しての後悔を暗い声で言いまくっていて周りの人に迷惑かけて、先輩にもいい加減にしーやと怒られたのをきっかけに、近くの駅の近くの心療内科に通院した。


その時は、インターネットも家になかったし、適当に駅をフラフラ歩いて看板を見つけて病院に行った感じ。



待ち合い室にいて感じたことは、目の前に座ってる人の、落ち込み具合がものすごかったのにびっくりした。


もしも、貞子が、ショートカットだったら!!
みたいなのを想像したらわかるとおもうけど。
そんな地面ばっかりみてどうしたんですか!って突っ込みたいような人が正面に座ってた。


私はびっくりしたと同時に

「あっ、私、そんなにひどくないなー。ここまでは落ち込んでないわ。」って失礼ながら思ってしまった。


心療内科はものすごい混み具合で、随分まった。受け付けの人もなんか、イラついてる感じがした。


やっと順番が回ってきて、先生が今の状態を聞いてきたから、布団から起きれなくなっていることを話した。


で、私の気持ちをやっとの思いで話した。
会社を急に辞めてしまって後悔している。と伝えたら。

その先生は、

「あーいつまでも終わったこと考えてもねー。


と、だるそう(まあ、その先生の話し方がそう言う話しかたをする人かなんかわからんけど、
私は、じゃけんに扱われた気がした)に言って、じゃあ薬だしとくねーって感じで言われた。


私は、心療内科に行ったことをめちゃ後悔した。いつまでも終わったことを考えても仕方ないけど、考えてしまうかここにきてるんやん。



じゃけんに扱われた気がしてしかたなかったから、あの先生はヤブ医者なんやわと、勝手に決めつけて薬も飲まずに、通院もしなくなった。



そのあと、なんとかイギリスへ短期留学に行ったら、毎日が穏やかで楽しくて布団から起きれない状態なんか、いつの話かしら❓みたいな感じに戻った。




そんな、軽い感じのウツ状態でも、一度でも心療内科に通院したことがあると先生に伝えたら、なんとなくやけど、先輩と管理者の方の空気が、「ああ、やっぱりなー、そういう精神疾患て繰り返すんやもんねー。」みたいな空気を感じた。なんかめちゃ恥ずかしかった。



その話を先生は、真剣な顔で聞いてくれて。(当たり前やけど(*´∀`*)
そのあと、幻聴が統合失調症の可能性を説明してきた。統合失調症の場合は、私が聞いている幻聴のように、死ね、とかボケとか、罵倒することが多いんやけど、その声の言ってる先が、誰かわからないことが多いから、その可能性が低いと説明してくれた。

🌹自分のやりたい時に、自分のやりたいことをしたいです。


お父さんが近所の激安スーパーで、めちゃめちゃ大きなさつまいもを買ってきた。


1キロもあるさつまいも。


そのさつまいもと、後、300グラムくらいのさつまいも、2個で250円。


お父さんは、過去の無駄使いをお母さんに、厳しく指摘されるもんやから、
〔仕事に使う材料を、とにかく買い込んで倉庫に保管していた。自営の仕事を辞めた時には全て処分した。〕

年金生活の今、お得なものを買う練習をしているようだ。



そのさつまいもを、お母さんがスイートポテトにしたいから、作り方どやったかな❓って私に聞いてきた。


そういえば、お母さんは、私が子供の時にスイートポテトを作ってくれてた。美味しかったから覚えてる。だけど、一緒に作った記憶もないし、知らないから、クックパッドで、1番簡単な料理方法を調べたら、次の日の朝にお母さんが作り始めていた。




できたんがこれ。


スイートポテトを入れる、アルミホイルも、買いに行くのが面倒やから、って言って手作りしてた。


焼き色も綺麗についていて、さつまいもがあまり甘くないところが、逆にあっさりして、とても美味しかった(*゚∀゚*)


少し前の私だったら。


私は、こんな感じの手作りおやつが出来ていたら、自分もこれができるようにならないといけないと思ってた。だってお母さんの娘やし。


だけど、今は、自分のやりたい時にやりたいことやっていいとOKを出せるようになった。


それがなにより、私の為になるんだもんね!
٩(๑❛ᴗ❛๑)۶

🌹縦の関係から横の関係へ


こないだ夢で、

何故か、保育所にアルバイトに行く夢みたんやけど、3人先輩がいた。

みんな女の人。全員が見知らぬ人やった。

出勤初日やったから、基本的な事とか仕事を教えて貰った後に、お昼くらいの時間になって


「そしたら、立石さん休憩は3時からで、大丈夫❓私ら先に休憩とるから。」
って言われて。
めちゃ、お腹空いてたんやけど、

「はいっ!大丈夫です(o^^o)」

って答えてた。・°°・(>_<)・°°・。


朝起きて、まだまだ、私、相手が先輩とか目上の人とかに自分の気持ちをよう、伝えへんのやなーと思って、恥ずかしかったし、そんな気のちっさい自分を責めてしまった。

お腹すいてるのに、なんでよう伝えきれへんかったんやろうなー。

思いきって、ナリ心理学のブログに書いてあった、ペンとノートやってみた。

まず、最初に出てきたのが、前に勤めてた、会社の勤め始めの頃。
訪問介護の仕事やったから、利用者さんの家を覚える必要があるけど、私は、勤め先の会社は地元じゃなかったから、住所なんかは全然わかんなかったから、周りに聞いたりするの恥ずかしいし、バカにされるのがイヤやったから、みんなより早く出勤して、利用者さんのファイルを見てた。そしたら、先輩は、なんでそんな早くきてんのーとか言って逆に質問してきたけど、なんでそんな質問してくるかわかんなかった。なんでこんな頑張ってるのに、いちいち言ってくるんかなーって思って、土地名とか知らないからって言ってたら、私も知らなかったよーって言われた。
でも意味わかんなかった。ほっといてくれって思ってた、むしろ、なんでお前、ギリギリに出社してんねん、やる気ないんかい、とか思った
( ̄Д ̄)ノ 上司には褒められた。


その後でてきたのは、中学校の部活のソフトボール部の時のこと。

お母さんから、中学のクラブは運動部に入った方が、身体動かすことになるから出来るだけ、運動部に入んなさいよ、って言われて、野球を観るのが好きやったから、ソフトボール部に入った。

で、そのソフトボール部に入ることになったのも、お母さんが、運動部に入った方がいいって言うこともあった。当時、7年くらい通ってたお習字もクラブ入ったら通えなくなるから、やめちゃったし。お母さんは、その時良かれと思って言ってくれたけど、
その時も私は、本当はお習字とか、絵を描くのが好きやったから、親の言うことは絶対というのも自分の中にあったんやな。と気づいた。


おまけにソフトボール部の上下関係が厳しくて、先輩に挨拶するのは、必ず大声で、
それ、グラウンドだけじゃなくて、普段休憩時間に先輩にすれ違うだけでも、大声で挨拶しないとあかんかった。理由は、声を出す練習をするため。試合する時に、応援する時に大声出さなくちゃいけないから。

そいで、思い出したのが、その応援する時の言葉なんやけど笑

守りの時のは、

♪はいるぴっち、ぴっちゃーはいるよー
♪はいるぴっちー♪ ってみんなで大声で叫ぶ!

バッターへの応援の時は

♪当たれよバッターバッターバッター
♪当たれバッター

でこれをひたすらゆうてたな。なんの疑問もなく。結構運動部ってこんな応援言ってたなーとか思って。まあ、やらないと怒られるからと言う理由とかでやってたな。

私の中で、グループとか組織とかに属する時は、その偉い人とか立ち上げた人とか、長とか先に入った人とか先輩とかの言うことは聞かないとダメ、怒られる。それが当たり前とかは、その頃からずーっと思い込んでいたことなんやろなー。


それが、縦の関係とゆうやつで、私の世代では当たり前のようにある関係やったけど、これからは、どんどん横の関係にシフトしていきたいなーそいじゃないと上手くいかないなー。

🌹大学中退したけど、大丈夫だった話⑩

そこの病院では、精神科受診の前に、初診時に検査を受けることになっていると説明をうけて、その検査を受けた。それは、計算があったり、言葉の意味を聞いたり、絵を描いたりいろんな種類の質問があった。その時幻聴は治っていたけど、精神科受診を受け入れて無かったので、面倒で仕方なかった。


だから、検査の先生に、今、幻聴が聞こえてないから、治ってると思うからこのテスト受けなくていいですよねーと文句を言ってみたけど、検査の先生は、今治っているだけかもわからないし、でも受診前には必ず受ける必要があるから、受けた方がいいし、しんどくなったら休憩したらいいし、と優しく言ってくれた。



でも私は、検査の先生が優しく言ってくれたけど、もう精神科受診から逃げられないと思って、テーブルに頭を伏せて、あーいややなーって声に出した。



でも、それは先生には聞き流されて、100問くらいあったかな。検査を受けた。受けた印象は初めて就職した時に受けた、適正検査みたいだった。結構量が多くて、受けた後めちゃしんどかった。



その後、脳や体に異常がないか、MRICTスキャンを受けた。




精神科病院は結構混んでて、検査結果が、出てから受診になってたから、待ち時間は結構長かった。2時間くらいかな。その間、職場の先輩と、お母さんと私で特に会話もなく待っていた。むしろ会話のない状態が心地よかった。


会話をすると、お互いの情報のやり取りが必要になってくる。

先輩は、普段から遊ぶのが大好きで、人との交流が大好きな人だったから、お母さんに色々聞いてくるのが怖かった。
お母さんの普段の貧しい生活がバレてしまうのが怖かった。


〇〇県に、住む両親の家は棟続きのアパートで
もともとお父さんの妹が紹介してくれた府営住宅だった。見た目はもろにプレハブで、まあ、時々見かける、震災にあった方が入る仮設住宅に近い。


部屋が2つあって、お風呂もあるんだけど、なんと家賃が月3千円で、その値段だったから、大阪かは自営の仕事を辞めてから移住することができた。その家賃のことは、私は唯一、小学校1年生からの友達で、家の貧しさレベルが同じだった子とに話したことがあるけど、その子以外は恥ずかし過ぎて言えなかった。



でも、先輩はそこは空気を読んでか、待ち合いの椅子で静かに一緒に待っていてくれた。
途中で、管理者の人も合流して来てくれた。



ついに、私の受診の番が回ってきた。受診はお母さん、先輩、管理者の人、全員で部屋に入った。先生は、私より少し年上か、40歳くらいの爽やかな男の先生だった。


まず、検査結果の説明があった。
検査的には、脳にも異常がなく、検査に関しても、大きな異常もみられなかった、でも、性格的、興味のあることと、ないことの差がすごい激しくて、興味のあることは凄い詳しいけど、興味のないことに関しては、なんの興味も示さないという検査結果が出たよ、と先生が言われた。




それに対して、お母さんとわたしは、静かな診察室の中で、ゲラゲラと笑ってしまった。
先生と先輩と管理者の方はキョトンとしてたけど。




もともと私の、お父さんは、自分の興味のある仕事に関しては話だしたら止まらないから、家族から仕事に関して以外は、なんの興味も示さないお父さんという扱いだった。だから、お母さんと私で、ほんまにお父さんそっくりやなーと、二人でお父さんを思い出してゲラゲラと笑ってしまった。



🌹ええ、ええ、年齢は41歳です!!41歳death!!SUM41と同じ41歳やで!!*\(^o^)/*

SUM41のメンバーは、41歳ではないけども!



初期の曲やけども!

かっこいいなぁ〜もうっ(´Д` )\(//∇//)\


40歳を過ぎたら、ろっくんろーるが好きなんです❗️

なんて恥ずかしくって言えなんだです❗️


めちゃめちゃ人の目気にしてました‼️笑
(o^^o)


この恥ずかしがりやさんめ!




例えば、これが、41歳でも、
中学生くらいの息子がいるお父さんならば、
「いやー息子が聴いてて、ちょっと気になってさー。ブルーエンカウント!」とかいうならカッコいいけども!


41歳で独身女性の私が、

ろっくんろーるが好きなんだっていったら

キモーい♪(v^_^)v

って思われるハズ


私より年下の人達に


それこそ、10代から20代くらいの赤の他人に!


って思ってていわなんだです。


いい加減卒業して、ボサノバとか聞かなとか
、ジャズとか聴いてみなとか、思ってたです。



人の目気にしてさ。



ミュージシャン本人ならいいよ。
ホルモンのナヲちゃんなら、ドラム上手いし。
仕事やし。カッコいいし。


とか思ってた。


しかし


だかしかし!



そんな私が、41歳独身女性が、

ろっくんろーるが好きだろうが、


キキララグッズを持っていようが、

誰もなにも気にしちゃいないのです☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆

今年のスケジュール帳と、超どデカイキキララのキーホルダー❤️
キーホルダーはすぐ鍵とか無くすから、大きめのキーホルダーって思って買ったやつ( ^ω^ )



もしも、ろっくんろーるが好きって言って

「は❓いつまで聴く気❓
今何歳なんですか❓」と言われよーが、

関係ないんdeath!


私が大好きならそれでいいんdeath!



今、聴いてんのは、hideのrocket dive💓💓

何年たっても色褪せへんろっくんろーるやで!スゲーカッコいいっっ( ´ ▽ ` )ノ


大好きやで!



🌹自分の内側の感情は、外側にあらわれるなーと今振り返って思う、あの日の思い出。

ダイナソーjrというバンドはご存知だろうか❓

jマスシス率いる3ピースバンドで、疾走感溢れるグランジバンド。

 

 

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アルゼンチンの方が作ったメンバーの人形(笑)かわいいなあ、でも非売品やねんて!

 

 

 

18歳、会社勤めしてた時。

 

会社は通販とかのカタログ作ってる会社で、私は、製版課というところにいた。今は、印刷工程はほぼ機械やパソコンやけど、当時は、カッターを使ってフィルムを切ってやってた。最初はまぐれでなんか凄い数字だしたけど、もともと細い仕事は苦手なのに無理してやってたから、失敗してばっかりで、怒られてばっかりやった。


あまりに失敗しすぎてた週の日曜日、私はめちゃイライラしながら、京都のタワーレコードに、行ってCDを買いまくって、イライラを解消しようとしてた。関係あるかないかわからないけど、その時、ニルヴァーナとかグランジが流行ってて、聴いてたけど、特にダイナソーJrがお気に入りで、ダイナソーJrのTシャツを着ていった。

 

 

その時着てたTシャツの柄はこんなん。

だいぶ怖いなぁ。

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京都のタワレコは、その時はビブレの上の方の階にあって、エスカレーターを上がって降りたところにフロアがあってんけど、私がイライラしながら、エスカレーターに乗って、
降りようとしたときに、お店の中はハードコアメタルみたいなの曲がかかってた。前から3人の男の子高校生くらいの子が前から来て、すれちがいざまに、1人の男の子が、私の頭を掴んで、私の頭でヘッドバンしてきた‼️‼️‼️

 

 

確か5回くらい振り回されたと思う!

((((;゚Д゚)))))))

 

めちゃびっくりしたけど、びっくりし過ぎて声が出なかった。だけど、頭を必死に男の子から離した。

 

男の子2人は、友達やけど、お前何やってんねん。みたいな感じでみてて、

 

ヘドバンしてきた当の本人も、私が頭を必死に外してから離し、あれ❓みたいに、私が避けてから素にもどってた。

 

 

今思えば、やりたくないことを無理やりやってその内側の気持ちが、知らない男の子を通して、外側に出てきたんやろなーって本当に思う。

自分を大切にすることってほんまに大事やね。

 

 

🌹大学中退したけど、大丈夫だった話⑨



精神科の病院に通院するまでの間、幻聴は続いていて、主に聞こえたのは、バカ、あほ、死ね。ボケ後、もうインターネットは、さわるんじゃねぇだった。



だから、帰ってきてからパソコンを触るのが怖くて仕方なかった。まだ、アフリエイトの塾は続いていて、どんどんメールも配信してきているようだったけど、見ることができなかった。そのアフリエイト塾は入塾に20万したけど、幻聴で考える力もなく、放置するしかなかった。





うっすら男の人の声が聞こえてくるから、仕事はなんとか出来たけど、夜は眠りが浅かった。
それでも、先輩がすぐに動いてくれてその週には精神科に通院することになった。



継続して幻聴が聞こえていたのは、辛かったのはあるけれど、それよりも何よりも、自分が精神科の病院に通院しなければいけないことがめちゃめちゃ嫌でなかなか受け入れることが出来なかった。



その時、わたしは両親から離れて、自分のことは、全部一人で出来て本当にすごいな、頑張ってるなって思ってた。



介護の仕事を続けてると、友達とか知らない人に本当に偉いねー、尊敬するーとか色々言われてた。で、それを誇りにもしてた。


働きながら、一人暮らしもちゃんとやって、自分の好きなスピリチュアルなことも勉強してたし、実家で暮らして働いてる子からも、すごい一人暮らしで頑張ってるんやーとかも言われて、私って頑張ってる❤️って、誰にも頼らないですごいなって思ってた。


そんな頑張って、一生懸命やってるわたしがなんで、精神科なんかに通院しなければいけないのだろうか❓




その時の私の中の精神科に通院する人のイメージは、もともとそういう素質のある人で、そういう体質の人ではないのかと思っていた。私なんかは今まで健康だったし、大きな病気もしたことがなかったから、これは間違いではないかなと思っていた。



納得がいかなかったけど、好きな先輩が行った方がいいよ、一緒に行ってあげるからねって言ってくださって、幻聴もうるさかったので、しぶしぶ行くことにした。


先輩は、普段から仕事上で病院にいくことがあるから、よく知っていて、精神科は患者さんが大きな声をあげてる人もいるかもしれないけど、気にしないでと声をかけてくれた。


通院当日、病院に先輩と直接待ち合わせだった。その時のわたしは、なんでも早め早めで動かないと迷惑をかけると思い、待ち合い室でまっていた。
病院は新しくてとっても広くて、本や雑誌もあったけど、幻聴が続いていたから全く手に取る気にもならなくて、座ってまっていた。

しばらくすると、先輩が元気よくきてくれた。
手にはスタバの縦型のコップ、ハートの絵柄が入ってあった。
ミルクティーだよ飲んでってわたしに渡してくれた。本当に嬉かった。


先輩は、知り合いから、この精神科の病院にいい先生がいるって聞いたから、その人に診てもらうか聞いてみるわって行って受付に行ってくれた。だけど、先生は選ぶことが出来ないみたいっていう返事やった。


私は、いい先生に診てもらえないことに残念に思った。本当に踏ん張って来た私が、なんでいい先生に診てもらえないんやろうと、、。
でも、先輩も側にいてくれるし、受診はしておかないとと思ってだんだん受け入れるようになってきた。


病院は混んでいて、初診だからなかなか順番が回ってこなかった。待ってたら、お母さんがやってきた、朝1番のバスに乗ってきたと言った。
お母さんは、私の買ってあげた白いコートを着ていた。お母さんは、コートは私が買ってあげた黒いコートと白いコートしか着てるのを見たことがない。自分でコートを買ったことがないのだ。私は、お母さんが、私があげた白いコートを着ているのを見て、ああ、またあのコート着てると思ってめっちゃがっかりした。



お母さんはどうしたら良いか全然わからないみたいだった。先輩に挨拶して、待ち合いの所で、一緒に待ってた。


続きだす。↓